2015年御翼7月号その1

誰もが皆、アーティスト(俳優、パフォーマー)

 グラミー賞(音楽界で最も権威ある賞)に五回ノミネート(推薦)されたアコーディオン奏者のトリンマリー・リンクさんは、オハイオ州のカトリックの家庭に生まれ育った。父親もアコーディオン奏者だったが、父はアルコール中毒であった。そんな父からは、アコーディオン演奏に自分の真の姿を隠すことを教わった。「アルコールのある家庭は、すべてがアルコール中毒者の世話をするためのものとなってしまいます。子どもは、自分の意見を言えず、欲求も必要も主張できなくなり、自分の真の姿を知って発展させる能力を失います。何もかもが、アル中の人を中心に回り出します。私自身も自分のことが全く分かっていませんでした」とリンマリーさんは言う。リンマリーさんが高校3年生のとき、母が突然ガンで亡くなり、大学時代、信仰を求めた。すると、神は自分ともっと親密な関係を持ちたいと思っておられることに気づく。これはそれまでのカトリック教会で培われた信仰とは大きく違うところだった。神は日々の暮らしの中で、個人的な関係を持ちたいと願っておられる。だからといって、自動的に問題が解決するというものではない。そこで外面的な体裁を繕うことばかりしていたという。その結果、40歳にしてダウン症の子どもが生まれると、何もかもが崩落したようだった。障害児の親になることが受け入れられず、その後九か月にわたり、自殺のことばかりを考えた。看護師が生まれた赤ちゃんを抱かせてくれた時、母親リンマリーは何の感情も起こらなかった。そして四年間、その状況は続いた。
 「人は皆、アーティスト(俳優、パフォーマー)なのです。人は自分の都合で仮面をかぶり、演技をして、正直に自分を見つめようとしないのです。神様は、人生において、現実を受け入れるか、逃避し続けるか選択させる機会を与えてくださいます。私にとってそれは、息子が生まれたときに起こりました。ダウン症は、逃避をやめさせる触媒のようなものとして神が用いてくださいました。立ち止まって、心と魂を見つめるための機会です。
 「神様、どうしても障害児の母にはなりたくありません。愛情を感じないのに、どうすれば愛せるのですか」と祈っていると、ある日、リンマリーさんの家の衣類乾燥機が壊れた。彼女は、それは神のなされた業だと受け止めている。新しい乾燥機を買おうと息子を連れて店に行くと、店内で年配のご婦人からこう言われた。「私の息子もダウン症でした。息子は61歳で天に召されたばかりです。人は施設に預けてしまいなさい、と言いました。でも私は一生涯、息子の世話をしたのです。そして確信を持って言います。「大変だとは思いますが、明日のことは心配して生きないでください。恐れずにたった今を生きてください。これまでに想像したこともないほど豊かな愛を感じるようになるでしょう」と。リンマリーさんは泣き始め、老婦人も泣いていて、女性店員も泣いていた。店を出ると広い駐車場でのイベントで演奏していたバンドのキーボード奏者が、まっすぐにリンマリーさんに向かって走ってきてこう言った。「私にもダウン症の弟がいます。弟は私の人生に愛をもたらしました。どれだけ大変なことかは分かります。でも絶対に大丈夫です。明日のことは心配して生きないでください。恐れずにたった今を生きてください。これまでに想像したこともないほど豊かな愛を感じるようになるでしょう」と。そう言い残して彼女はステージに戻っていった。「今の人、さっきの老婦人と同じことを言ったわ」とリンマリーさんは思った。更に、駐車場で染色体障害の息子を持つ三人目の女性が現れ、全く同じことを言った。
 障害児を持つ三人の母親に同じことを言われたリンマリーさんは、息子が生まれて四年半たって初めて、「愛してるよ」と言った。「私は神様によって自分がどんな存在であり、自分自身を愛せるようにならなければ、息子は愛せなかったのです」とリンマリーさんは言う。「人は誰でも困難と格闘しています。障害者の世話であったり、ガンであったり、経済的な問題、離婚などです。これらの問題から逃避している限り、先へは進めないのです。しかし、置かれた状況を、神が与えてくださった試練だと受け止めるならば、『私にはできます』という思いが与えられ、神が手を差し伸べて、『一緒に旅を続けよう。私が目的地へと連れて行ってあげよう』と言ってくださるのです」とリンマリーさんは証した。

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